弁天堂や清水観音堂の賑やかさとは対照的に参拝者も疎らなか、荘厳な雰囲気を醸しだしています。
当社は、景行天皇の御代、日本武尊が蝦夷征伐の為、武蔵忍ヶ岡を御通行の際、大己貴命、少彦名命の大神が奇瑞を現し、難儀を救い給うたことに感じ、両神をお祀りなされましたのがその創祀であります。相殿にお祀りしてあります菅公は、江戸初期、寛永18(1641)年に合祀になりました。~「御由緒書」より五條天神社は古くから「天の神」を祀ることにより「五條天神」と呼ばれているのであって、菅原道真を合祀したので「天神」(様)ではないということです。
鳥居の脇 |
鳥居内から境内を望む |
本殿 |
五條天神社御由緒 |