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2016年8月28日日曜日

遊行柳(5-085、 栃木県那須郡那須町芦野)

遊行柳(ゆぎょうやなぎ)は那須町芦野、国道294号線(旧陸羽街道)の芦野駐在所前交差点の少し進んだ左手の田んぼの中、那須湯泉神社(上の宮)、参道脇にあります。
謡曲「遊行柳」は、その昔諸国巡礼の遊行上人(ゆぎょうしょうにん)が、奥州白河の関の辺りで老翁に呼びとめられ、「道のべに清水流る柳かげ しばしとてこそ立ち止まりけり」と西行法師が詠じた名木の柳の木の前に案内され、そのあまりに古びた様子に、常任が十念を授けると老翁は消え去った。 
夜更け頃、更に念仏を唱えて回向する上人の前に烏帽子狩衣の老翁が現れて遊行上人の十念を得て非情の草木ながら極楽往生が出来たと喜び、幽玄の舞を通して念仏の利益を見せる名曲である。~謡曲史跡保存会の駒札より
この遊行柳はいろいろな紀行文にも取り上げられ、芭蕉や蕪村も訪れています。

「田一枚植ゑて立ち去る柳かな」芭蕉

「柳散清水涸石処々」(柳散り清水涸れ石ところどころ)蕪村

柳は何代も植え継がれていて、参道の左右に1本ずつ植えられていますが、玉垣に囲まれた方が「遊行柳」だそうです。もう1本は「遊行柳」が枯れてしまった時の備えとも。

車の場合は、近くの遊行庵食堂(農産品の直売所も隣接)の駐車場が利用でき、遊行柳までは徒歩2~3分です。

⇒ 所在地のMap

参道入り口(遊行柳遠景)

遊行柳全景

遊行柳の石碑

遊行柳

遊行柳

謡曲史跡保存会の駒札

遊行柳の駒札



西行法師の歌碑

遊行柳の由来碑

温泉神社上社

温泉神社上社
上の宮の「いちょう」
上の宮の「いちょう」の説明板

遊行庵にある遊行柳の解説板

2016年8月20日土曜日

西行桜(5-077、栃木県大田原市佐良土、法輪寺)

東に那珂川、南に箒川が流れる大田原市佐良土地区の法輪寺の境内に、シダレザクラである西行桜があります。

かなり太い幹が根元から分かれています。
根元周囲4.4メートル、樹高12.0メートル、枝張東西13.4メートル、南北11.3メートル。 
保延年間(1130年代)西行法師が奥州行脚の折法輪寺に詣でて、境内にあったサクラを見て、「盛りには などか若葉は今とても 心ひかるる糸桜かな」と詠んだと伝えられていることから、「西行桜」の名があります。 
当時から800年ほどの歳月が流れますが、現在のサクラはひこばえのもの。~大田原市観光協会HPより
2代目とはいえ老木。数本の丸太で支えられています。

静かな境内で西行桜とじっと対面していると、会話ができるような気がしてきます。

次回は、春に満開の西行桜を見に行きたいという思いを強くしました。

法輪寺の解説板
勅使門への参道
勅使門と西行桜の解説板
勅使門 
西行桜(鐘楼の左手前)
西行桜の石碑

2016年8月10日水曜日

西行井戸(1-000、京都府京都市右京区嵯峨小倉山緋明神町)

二尊院の近く(徒歩数分)、落柿舎の北側に「西行井戸」があります。

西行が、二尊院の近くに庵を構えていた時に使っていたといわれるものです。

この井戸は今も枯れずに、水を汲み上げて使われているそうです。

「牡鹿なく  小倉の山の  すそ近み  ただ独りすむ  わが心かな」の歌碑が井戸の横に立っています。

⇒ 所在地のMap

西行井戸(左上が歌碑)

2016年8月8日月曜日

二尊院(1-000、京都府京都市右京区嵯峨二尊院門前長神町)

二尊院は小倉山の東麓にあって、本尊に釈迦如来と阿弥陀如来の二尊を祀るため、二尊院と呼ばれますが、正しくは「小倉山二尊教院華台寺」(かだいじ)というそうです。

嵯峨天皇の勅願により慈覚大師が承和年間(834~847)に開山したとのことです。

総門を入ってすぐ右側に、「西行法師庵の跡」の石碑が立っています。

「我がものと 秋の梢を思うかな 小倉の里に 家居せしより 」という西行の歌が駒札に記されています。

紅葉の馬場を通って唐門(勅使門)をくぐると、本堂がある広い境内にでます。

その横の階段を上って左手の細道を抜けると小さな広場に出ます。

ここが「藤原定家時雨亭跡」(しぐれていあと)で、定家が百人一首を選定した場所といわれています。

本堂までは参拝客で混雑しますが、時雨亭跡まで登ってくる人はほとんどおらず、静寂さを満喫しながら、東に広がる嵯峨野も眺望できます

なお、時雨亭跡の確たる場所は不明で、「常寂光院内」「厭離庵」「般舟院」など諸説があります。

二尊院総門

西行法師庵の跡

唐門(勅使門)

二尊院本堂

時雨亭跡

時雨亭跡から嵯峨野を望む

2016年6月14日火曜日

西行見返りの松(5-005、埼玉県北葛飾郡杉戸町下高野、永福寺)

西行見返りの松は、杉戸の永福寺の山門左前にあります。

現在の松は三代目だそうで、樹高は4~5mといったところでしょうか。
歌人としても知られる西行法師は、文治年間(1185~1190)、奈良東大寺再興歓進のため奥州平泉の藤原氏を訪れる旅に出ましたが、途中、病に倒れ、杉戸下高野にあった小庵(後の東大寺)で手厚い看護を受けます。
無事に回復し、再び平泉への旅に戻った西行法師は、小庵を離れる際、庭にあったみごとな技ぶりの松を何度も振り返りながら出発したといわれ、いつしかこの松は「見返りの松」と呼ばれるようになりました。~杉戸町HPより
西行法師見返りの松

松の足もとにある西行法師見返りの松碑

説明板