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2016年12月21日水曜日

佐野源左衛門常世墓(5-076、栃木県佐野市鉢木、願成寺)

東武佐野線の終点である葛生駅。そこから北へ約2キロにある梅秀山願成寺の境内に佐野源左衛門常世の墓があります。

佐野源左衛門常世は謡曲「鉢木」のシテとして登場します。寺の住所も「鉢木町」です。
願成寺は藤原秀郷公の開基といわれており、建長年間に常世は衰微した寺を再興し、宗門を臨済宗となし、山号を梅秀山と号しました。常世は願成寺を菩提寺として、代々祖先の霊を厚くまつりました。~佐野市観光協会HPより
境内の釈迦堂の域内一段高いところに常世の墓があります。墓前に「 野源左衛門常世の墓 」と書かれた標柱が立っています。

墓域に据えられた角張った五輪塔は、大きくはありませんが重厚感があります。

参道入り口

本堂

佐野源左衛門常世墓

標柱

佐野源左衛門常世墓

解説板



2016年11月9日水曜日

佐野源左衛門常世神社(5-063、群馬県高崎市上佐野町)

常世神社は佐野の船橋歌碑から歩いて数分、謡曲「鉢木」のシテとして登場する佐野源左衛門常世の宅跡と伝えられる場所に建っています。

とはいっても、現在では民家に囲まれています。
鎌倉時代、北条時頼の頃、この地に佐野源左衛門常世が住んでいた。 
時頼が旅僧に身をやつし行脚の途中、大雪に遭い、領地を横領され零落して、貧しいい暮らしの常世の家に一夜の宿を乞いた。その夜、燃やすものがなくて、鉢植えの梅、桜、松を燃やして温めもてなした。その時に常世が鎌倉に対する忠節心を旅僧に語った。 
その後、鎌倉から召集がかかり、常世は旅僧に語った通り、痩せ馬に乗り、破れた鎧をつけ、さびた長刀を持って、鎌倉に駆けつけた。 
時頼は常世の忠節を誉め、所領を返させるとともに、梅、桜、松にちなむ三箇の庄を与えた。~常世神社の説明板より
常世神社は非常にこじんまりしていますが、よく整備されていて、 地元から大事にされているように感じました。

⇒ 所在地のMap

鳥居

本殿

説明板(鉢木の場面)

説明板

謡曲史跡保存会の駒札
本殿内部

歌碑










2016年11月7日月曜日

定家神社(5-064、群馬県高崎市下佐野町)

謡曲「鉢木」にも登場する定家の歌「駒とめて袖うち払ふかげもなし 佐野のわたりの雪の夕暮れ」から、この佐野の地に定家に由来する神社が建てられたといわれています。
この定家の歌の本歌は、万葉集長忌寸奥麻呂の「苦しくも降りくる雨か三輪が崎佐野のわたりに家もあらなくに」です。 
三輪が崎とは、大和国三輪山の突き出た所(謡曲ではこの説をとっています)と紀伊国三輪崎町の二つの説があるそうで、いずれにしてもこの高崎の地とは直接は関連がないそうです。~参照:佐野謙太郎『謡曲大観』明治書院
鳥居、拝殿、本殿ともに朱できれいに塗られていて、特に本殿の彫刻は小ぶりながらも一見の価値があります。

境内右に万葉歌碑があります。
万葉集巻十四東歌   
「佐野山に打つや斧音(おのと)の遠かども 寝もとか子ろが面に見えつる」

鳥居

拝殿

扁額

本殿

本殿

社宝の説明板

周辺案内図

本殿
万葉歌碑