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2017年2月26日日曜日

下鴨神社(1-084、京都府京都市左京区下鴨泉川町)

京阪電車の出町柳駅から徒歩約10分、鴨川と高野川の合流地点にあります。

正式名は賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)といい、祭神は賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)と玉依媛命(たまよりひめのみこと)です。

下鴨神社を訪ねて印象に残るのは糺の森です。糺の森は下鴨神社本殿から南へ河合神社に至る境内で、およそ12ヘクタ-ル(東京ドームの約3倍)の面積がある原生林だそうです。

本殿へまっすぐ伸びる参道を挟んで左手に瀬見の小川、右手に泉川が流れています。昼間でも樹林で日差しが遮られ、静寂に包まれています。その参道をゆっくり歩いていると、旅の疲れも忘れるような清々しさを感じます。
「瀬見の小川」は、平安時代から鎌倉時代の賀茂御祖神社社頭の景観を描いた「鴨社古圖」によると、馬場(糺の森の参道の西側)の西側を流れています(現在の鴨川を指す)。 
 『風土記』山城国逸文には、賀茂建角身命が「瀬見の小川」と名付けたとの縁起が伝えられています。
『新古今和歌集』の鴨長明の歌「石川や せみの小河の 清ければ 月もながれを 尋ねてぞすむ」で広く知られるようになりました。~賀茂御祖神社の解説板より
下鴨神社は、謡曲「加茂」のほか、「班女」の後場の舞台としても有名です。
美濃国野上宿の遊女に花子という者あり、或年の春、都から当国へ下向の途次ここに立寄った吉田少将と深く契り、爾来恋慕の餘りただ形見の扇のみ見入りて、他の客の前に出なかったので、宿の主たいへん腹立てて、花子をこの家から遂出した。 
同じ年の秋、吉田少将はまた都に帰えらんとて、この宿に立寄り花子を尋ねたが、既にその行方も知られなかったので、已むなく都へ立帰り、やがて糺の社に詣でた。 
恋慕のあまり心乱れた花子は、今日しも同じ糺の社に詣でて、恋しき人に再び逢はせ給へと祈っていたのを、少将の従者狂女と見て面白う狂へと言う。花子、のち班女が故事(漢成帝の寵姫班婕妤)を引き、われもまた夏果つる扇のその如く、恋しき人に捨てられたれば、せめてもの形見の扇手に触れて、風の便りを待つばかりであると、恋慕の情切なるを想う、少将怪しんでその扇を見れば、まさしく自分と取交はしたる形見の品であったので、奇しき再会を喜んで永き妹背の路に入りぬ。〜中村京三『謡曲と京都』班女より
正面鳥居

糺の森

糺の森

糺の森解説板

中門

由緒書

境内案内図





2017年1月18日水曜日

上加茂神社(1-117、京都府京都市北区上賀茂本山)

上加茂神社は通称で、正しくは加茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)。山城国一宮です。

神代の昔、現在地の北北西にある神山(こうやま)にご降臨され、約1400年前には、現在の御殿の基が国家によって造営されたとのことです。

平成六年には23万坪の境内全域が「古都・京都の文化財」として世界遺産に登録されています。

一ノ鳥居から二ノ鳥居にかけては、緑の境内(馬場)が広がり、城砂の参道が伸びています。明るく開放感があります。

二ノ鳥居をくぐると立砂と細殿が目に入ります。楼門さらに中門をくぐると本殿、左側に権殿がそびえていて、ともに国宝に指定されています。
立砂は神山を象ったもので、神を迎える原型といわれ、頂きに松の葉が立ち、陰と陽の一対になっている。~由緒書より
細殿と楼門の間の橋殿で、左手の御手洗川(みたらし)と右手の御物忌川(おものい)が合流して、ならの小川となって清らかな水が流れています。

百人一首の「ならの小川」は、藤原家隆が「風そよぐならの小川の夕ぐれは みそぎぞ夏のしるしなりける」と、平安の昔、神職がみそぎを修していた風景を詠んでいます。

謡曲「賀茂」で「御手洗や、清き心に澄む水の」と謡われ、別雷の神の縁起も語られます。
秦氏の妻女の玉依日売(たまよりひめ)が、当地の御手洗川で水を汲んでいると、白羽の矢が流れてきた。持ち帰り、軒に挿しておいたところ、懐妊して男子を産んだ。その子が三歳の時、父は雷と知り、天に昇って別.雷(わけいかづち)の神となる。この神を祀ったのが当社である。〜養殖史跡保存会駒札より
御神紋は「二葉葵」で、葵は古く「あふい」と読み、「ひ」とは神を表す。御祭神降臨の際に「葵」を飾り祭りをせよとの神託があったところから、上と人とを結ぶ草として当神社の神紋となっている。~由緒書より 
京都三大祭りの一つである葵祭は、毎年五月十五日に京都御所を出発した行列が下鴨神社を経由して上加茂神社に至るコースを5時間をかけてたどります。

一ノ鳥居

二ノ鳥居

謡曲史跡保存会の駒札

細殿と立砂

立砂の駒札

本殿

ならの小川と藤原家隆の歌碑

ならの小川

ならの小川

願い石(陰陽石)


紫式部の歌碑