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2017年9月2日土曜日

青柳糸桜(5-059、茨城県桜川市青柳)

青柳糸桜(あおやぎのいとざくら)はJR水戸線岩瀬駅の東方、熊野神社参道入口、鳥居付近にあります。

向かって右側が樹齢500年の二世ですが、すでに枯死しているようで 3メートルくらいの高さで幹が伐られいました。

左側の少し奥に三世があり、綺麗な花を咲かせていました。

その手前に「青柳糸桜記念植樹の碑」(昭和44(1969)年4月)が建っています。
和名抄に青柳の名見ゆ。青柳氏住むに及び邑をなす。永享十年(五三一年前)室町時代六代将軍足利義教の世関東管領足利持氏に中郡荘磯部邑神主祐行花見物語献上持氏世阿弥元清に謡曲桜川を作らしむ。その中に「なほ青柳の糸桜」あり。磯部稲邑神社享保年中の縁起書桜川八景十二品中に青柳の糸桜あり。此地鹿島街道筋桜川の辺中郡の要塞たり。桜樹齢五○○年を超ゆるもの稀なり。糸桜(枝垂桜)は彼岸桜の変種なり。
二世の桜樹枯死するを痛み郷の人達胥謀りて明治維新百年を記念し三世の若木を磯部より移植する。子孫克く遺志を継ぎ愛護維持に努められんことを。
この碑によれば三世もすでに植樹されてから半世紀弱の時を経ていることになります。

謡曲『桜川』で青柳糸桜が出てくる網の段(一部省略)を以下に記します。
あたら桜の。あたら桜のとがは散るぞ怨みなる。花も憂し風もつらし。散れば誘う.誘えば散る花鬘(かずら)。かけてのみ眺めしは。なほ青柳の糸桜。霞の間には。樺桜。雲と見しは。三吉野の。三吉野の。三吉野の。川淀滝つ波の。花を掬はばもし。国栖魚(くずいを)やかからまし。または桜魚(さくらいを)と。聞くも懐しや。いずれも白妙の。花も桜も。雪も波も見ながらに。掬ひ集め持ちたれども。これは木木の花.まことはわが尋ぬる。桜子ぞ恋しき。わが桜子ぞ.恋しき。
訪れた時は雨上がりで、少し霞がかかっているようで大変趣きがありました。

⇒ 場所のMap

青柳糸桜の遠景

青柳糸桜

青柳糸桜

石碑

二世の青柳糸桜

2017年9月1日金曜日

鏡ヶ池(5-059、茨城県桜川市山口)

桜川の水源地である鏡ヶ池は、磯部稲村神社から県道289号線を東に5kmほど進んだ鍬柄山の麓にあります。
いかなる日照りが続いても水の涸れることがないという。 
花園天皇(1308-1318)の頃、夫木和歌抄に「みせみせぬ鏡ヶ池におしとりはみつから顔をならべてぞいる」は歌聖紀貫之の桜川の和歌とともに有名である。~岩瀬町観光協会の解説板より
小さな池ですが、訪れる人もなく、桜の花が静まり返った水面に映る風景は趣きのあるものでした。

⇒ 鏡ヶ池のMap





2017年8月30日水曜日

桜川(5-059、茨城県桜川市)

桜川は、桜川市北部の岩瀬地区・鍬柄峠付近にある鏡ヶ池に源を発して南へ流れ、土浦市のJR土浦駅付近で霞ヶ浦に注ぐ河川です。

かなり護岸工事が進んでいて、残念ながら謡曲『桜川』の風情は感じられませんでした。

それでも磯部稲村神社から上流を鏡ヶ池まで遡りましたが、ごみなどは落ちておらず、流れる水も澄んでいてきれいでした。

もう少し丹念に川岸を辿っていけば、眺めのよい箇所はあると思います。機会があれば探してみようと思います。










2017年8月28日月曜日

櫻川磯部稲村神社(5-059、茨城県桜川市磯部)

桜川磯部稲村神社は、景行天皇40年10月に、日本武尊が伊勢神宮荒祭宮磯宮をこの地に移して祀ったと伝えられています。

御祭神は天照皇大神、木花佐久耶姫命(このはなさくやひめ)などで、社殿は大きくはありませんが、まわりを桜の木々に囲まれ、古い歴史の重みを感じさせます。

参道や丘の斜面に多くの山桜が見られ、桜の名所として広く知られてきました。

謡曲『桜川』で人商人に身を売った桜子は、木花佐久耶姫命(曲中では木華開耶姫)の御氏子でした。シテ(桜子の母)は「古里の御神をば。木華開耶姫と申して。御神体は桜木にて御入り候。されば別れしわが子もその御氏子なれば、桜子と名づけ育てしかば。」と語ります。

ワキの僧は磯部寺の住職ですが、磯部寺という寺はありません。青木実氏は著書の『謡蹟めぐり』で「磯部稲村神社が磯部という名を冠しているので、明治の初め廃仏毀釈があったので、無理やり神社にされたのではないかと、自分勝手に想像もしてみる」と記しています。

参拝に訪れたのは4月上旬の雨上がりの一日、桜は五分咲き程度でした。

境内には要石があり、「磯部の要石(凸形)と常陸国一之宮鹿島神宮の要石(凹形)は対を成し、古来より連なり地震除け・災難除けの守り神とされている。鹿島の要石は鯰の頭、磯部の要石は尾、を押さえる」と説明がされていました。

また、紀貫之が詠んだ歌(後撰集)「常よりも春辺になれば桜川 波の花こそ 間なく寄すらめ」の歌碑がありました。

桜川磯部稲村神社鳥居

本殿

解説板

謡曲史跡保存会の駒札

要石

要石の説明書き

紀貫之の歌碑

歌碑の説明板

神社裏手の桜

神社裏手の桜