萬松寺は今から1300年前に阿古耶姫が開基したといわれ、阿古耶の松と阿古耶姫の伝説で有名です。
阿古耶姫は、信夫群司の中納言藤原豊充(藤原鎌足の曽孫、朝廷の命により陸奥に下って役命に努めた)の娘と伝え、千歳山の古松の精と契を結んだが、その古松は名取川の橋材として伐されてしまったので、姫は嘆き悲しみ、仏門に入り、山の頂上に松を植えて弔ったのが、後に阿古耶の松と称されたという。『夫木集』に、「陸奥のあこやの松に木がくれて 出ずべき月の出やらぬかな」と詠まれている。
阿古耶の松については、『平家物語』の一項にもあり、藤原実方中将が阿古耶の松を尋ねんとする一文がある。~山形市観光協会HPよりなお、2012年に580年ぶりに 復曲になった「阿古屋松」は世阿弥自筆の11曲の一つです。
これは平安時代、陸奥国に赴任した歌人藤原実方が、山中で出会った老人に、歌枕として名高い阿古屋松について尋ねたところ、老人の正体は塩釜明神で、実方に松のめでたさを語り、舞を披露するというもので、前述の伝説を謡ったものではありません
阿古耶之松は萬松寺本堂の右手の細い階段を上っていきます。突き当りが「実方」「阿古耶姫」「中将姫」のそれぞれ廟があります。
そこを左折してしばらくいくと右への登り道があり、さらに進んで左手を少し入ったところに阿古耶之松があります。
この松は二代目だそうで、大事にまわりを柵で囲われています。
参道入り口 |
由緒書 |
説明板 |
山門 |
本堂 |
阿古耶之松への階段
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左から中将姫之廟、藤原実方之廟、阿古姫之廟
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案内板
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案内板(壊れて落ちている)
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二代目阿古耶之松
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阿古耶之松の下部
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